万分の一葉集

朗読台本集

印度の虎刈り 番外編

 

印度の虎狩り 番外編 イシャーラ国

 

あるとき、印度の虎刈り一族は、イシャーラ国に入った。
イシャーラ国にも勇壮な軍団が居る。油断は出来ない。
眉毛の濃い苦み走ったその軍団は、俗にイシャーラ軍団と呼ばれていた。
虎刈り一族は少数の編成で来ていた。いつものように象に跨がって。いつもと違っていたのは一頭の虎を籠に入れ車に乗せて、象に引かせていたことだ。「印度の虎刈り」は、この虎を放って相手を全滅するつもりだった。

イシャーラ軍団の強さの秘密は、その世代交代法にあった。
若い兵士をヒーローに抜擢し、絶体絶命の場面でヒーローの命を投げ出させる。そしてまた、次の若いヒーローを起用するのである。新しく選ばれたヒーローは懸命に戦い懸命に生きる。いつか命を投げ出す為に。いっときの栄光の為に。
この方法でイシャーラ軍団は数々の危機を乗り越えてきた。何度も何度も復活してきた。若者をおだてて安く使い捨て、上層部は生き残る。永遠に持続する組織の理想型であった。

この軍団には奇妙な性癖があった。突然、海に向かって走ったり、夕日に向かって大声で叫ぶ。その行動の意味はよく分からない。
「イシャーラ軍団」とは、イシャーラ国を代表する軍団なのでそう呼ばれているに過ぎない。俗称である。
正式名称は言うまでもなく、「太陽吠え~るズ」。
現在では改称してベイスターズと名乗っている。が、「太陽吠え~るズ」のDNAは、しっかりと今も受け継がれて居る。

十数人の「太陽吠え~るズ」イシャーラ軍団と、印度の虎刈り一族は浅い沼を挟んで睨み合った。夕刻になり夜になり夜が明けても、印度の虎刈りは動かない。相手も太い眉を寄せて睨み付けるばかりだ。
イシャーラ軍団から一人の若者が走り出して沼に差し掛かり、足を取られて倒れた。「おっちょこちょいのヒーロー気取りめ。あいつの頭の中では『太陽に吠えろ』のテーマ曲が鳴り響いているに違いない」印度の虎刈りは言い捨て「殺してやれ」と配下に命じた。「それがあいつの望みなのだ」

配下は虎を放った。虎はまっしぐらに若者に向かった。沼の縁から高くジャンプして飛びかかった。

朝が来て昼になった。「今だ」印度の虎刈りが叫んだ。イシャーラ軍団が一斉に太陽に向かって吠え始めたのだ。戦う前の儀式、ルーティンだ。
陽は天頂にあった。夕日や朝日なら「太陽に向かって吠え」やすい。ところが、印度の五月は太陽の季節。真っ昼間、陽は真上にあった。そこに向かって吠えれば、当然周りなど見えない。しかも南国の強烈な太陽、目くらましを食らったのと同然、しばらくは何も見えなくなってしまう。ホワイトアウトという奴だ。

印度の虎刈りは配下の者たちと静かに象を進め沼を渡った。何も見えず呆然としているイシャーラ軍団のひとりひとりを象の鼻で撫でさせた。
印度の虎刈りが、戦わずして勝利したのは言うまでもない。

イシャーラ軍団は印度の虎刈りに服従を誓い、全員、爽やかなスポーツ刈りを虎刈りに改めた。

ところで、沼で倒れた若者と虎だが、虎が余りに高くジャンプしたため若者ともどもずぶずぶと沼に吸い込まれて沈み込み、見えなくなっていた。敵味方ともこの一頭と一人 は死んだものと思い込んでいた。
ところが、さすがに虎である。蛇の道は蛇、虎の道は虎のみぞ知る。沼の底に虎の穴を見つけて脱出していた。そしてなんと若者を救出していたのである。
お陰で若者は「太陽吠~えるズ」のヒーローにはなりそこなった。夢破れた。親切にもほどがある。迷惑な虎である。