万分の一葉集

朗読台本集

印度の虎刈り

印度の虎刈り

 

 

印度ジャマンギアーナでは、代々、王は「印度の虎」を名乗った。

尊大な王が自称したものか、家来や民が畏敬の念を籠めたものか、それは知れない。

 

七世を数えると、その王は「印度の虎刈り」と呼ばれた。

初めは、乳母が幼い王子を愛情籠めてそう呼んだものだろうが、

次第にその綽名が広まった。

 

あまり名誉とは言えないこの呼び名を、七世の王は苦にしていない様子だった。

王と言っても、部族の長というほどの規模でありまた、本当は盗賊の親分と言った方が実像に近かった。

五十人ほどの部族を率いて、近辺を略奪して回っていた。

 

身内の者ならちょっとユーモラスに聞こえる「印度の虎刈り」の名は、勇猛な部族として近隣に恐れられた。

略奪のときには数十頭の象にまたがって、地鳴りと共に襲った。

襲われた街は、まるで津波の後のように滅茶苦茶にされた。

 

「印度の虎刈り」は、幼い頃から赤毛天然の虎刈りであったと言う。

少なくとも、そのように信じられていた。

だが、誰も、それを見た者はいない。

インド人はいつもターバンを巻いているから。

 

あるとき「印度の虎刈り」一族は、ムルターンという大きな城市を、いつものように襲おうとした。

怒濤の如く街の門を破った象の群れは、しかし、急に立ち止まらされた。

危うく多獣衝突しそうなほどだった。

 

先頭の「印度の虎刈り」が象を停め、城の塔を見上げている。

そこには、白孔雀の刺繍のベールを纏った美女が歌を歌っていた。

人殺しを呪う歌だった。美しいけれど刃物のように鋭利な歌声。

 

「印度の虎刈り」は、すぐに美女に求婚した。

美女は言った。

「わたしは偉大なマハラジャの娘。黒い長い髪の男としか結婚出来ぬ定め。わたしに求婚なさるなら、どうか、ターバンを取って髪を見せて下さい」

赤毛虎刈りの噂を知っての言葉であろう。

「印度の虎刈り」はターバンを取ることが出来なかった。

「引き返せ」とだけ、短く号令した。

「印度の虎刈り」一族が退いたのは、初めてのことだった。

多数の象が、どのようにして「回れ右」したかなど、今となっては分からない。

 

仕方なく自分の砦に引き返した「印度の虎刈り」を訪ねてくる者があった。

しゃがれ声のその老婆のような男は、王の耳に何事か囁いた。

王は周りの者たちを退けた。

鏡の間に、男を通した。

老婆のような男とふたりだけになった王は、鏡を背にターバンを解いた。

 

赤毛の見事な虎刈りだった。頭は褐色と茶に八等分されていた。

「ご安心なさい。私がなんとか致しましょう。漆のような黒髪に」

 

男はさまざまな薬を王の髪に振り撒いて呪文など唱えたあげく、鋏や剃刀で髪を整えた。

 

「どうぞ鏡を」手鏡が背後から手渡された。

背後の大鏡を合わせ鏡に写してみると、以前にも増してくっきりとした放射状の虎刈りが映った。

 

一瞬呆然とした王がすぐに刀を抜き振り向くと、すでに男の姿はなかった。

王はもう一度、手鏡を覗いた。つむじを中にして、きちんと十六等分の虎刈りになっていた。地肌の部分は完璧に削り落とされている。

 

「大した技術だ。いや…」

憤怒が湧いて、その地肌の部分まて゛真っ赤になった。

「計られた」

 

 

王はすぐに単身、あの歌姫のいるムルターンに向かった。

全印度で一番大きな象に乗って。

美女を略奪するつもりだった。

 

美女は由緒正しい偉大なマハラジャの娘だった。

マハラジャは精鋭の軍隊を持っていた。

刃物や弓を使わず、素手棍棒、投石などで相手を倒してしまう30人の大男たち。

「偉大なマハラジャの巨人軍団」である。

 

その中にひとり、ほっそりとした少年が居た。「東洋のダビデ」。流星のように石を投げる名人、ヒューマである。

飛んでいる鷹をも落とすと言われたその投石は、「巨人軍団の流星」「巨人の星」と謳われ、恐れられた。

 

姫が塔の上で歌っていると、「印度の虎刈り」が下から大声で呼ばわった。

そのとき、石がうなりをあげて、空を切り裂いた。

石は、「印度の虎刈り」のターバンの正面の留め金を真横から、はね飛ばした。

平たい石を使った魔球である。

石は、らせんを描いて、重力に逆らって上昇した。

はらり、はらり、ターバンが解けた。

怒りと恥で朱に染まった地肌と赤茶の毛が、ルーレットのような十六等分の虎刈りを作っている。

 

城壁から見下ろしていたヒューマが大声で笑った。カストラートのようなソプラノ。

他の巨人軍団も大笑いした。

時代劇の悪代官が30倍されたような笑い声だ。

「印度の虎刈り、おぬしもワルよのう、ははは、わはは、うわっはっは」

「印度の虎刈り」は静かにターバンを巻き直した。

こんな時のため、もう一本用意していたのだ。

 

「印度の虎刈り」は、全印度で一番大きな象を進めて、やすやすと城門を破った。

彼がマハラジャの城に入ってから行った凄惨な行動は、ここでは言えない。

 

結果として、巨人軍団は手もなく全滅し、ヒューマも新魔球を開発するいとまを与えられず、葬られた。巨人軍は永遠に滅亡したのである。

 

もとより偉大なマハラジャは、逃げ出していた。

残されたのは、姫ただひとり。

毒薬をあおろうとしていた姫の腕をひっぱたいて、銀の杯を叩き落とした。

 

「歌え」

「印度の虎刈り」は命じた。

姫は「虎刈り」を嘲る歌を歌った。

 

「嬲られるか、殺されるか」歌い終わった姫は目をつむった。

 

そのあと、「印度の虎刈り」の採った行動は、ちょっと理解出来ない。

白孔雀のベールを剥ぎ取った彼は、姫の長く黒い髪を、腰の短刀で虎刈りにし始めたのだ。

おしまい。